外出圧力の創出について


自分が家では勉強できない性分だというのは努力で克服できることではないと高1の時に了解した。その後も、もしかしたらイケるかも…!と諦め悪く何度も家での勉強にチャレンジしてきたが時間を浪費するだけに終わらなかったことがない

しかし、家から出ることもかなり苦手としている

浪人生なんだから受験勉強しないといけないわけで、極力家に居てはならないと思う。

これまでの人生様々な家の外で勉強する戦略を練ってはその度に挫折してきた。

しかし、3浪時は若干上手くいった。


去年
3浪開始時、河合塾に入塾したが、covid-19の影響で6月中旬まで映像授業一本ということになっていた。
対面授業が始まったのは前期12講中8講目からだ。
前期が、自学自習では僕の力では無理だと考えている基礎力の徹底なわけだけど、それ以上に自分はオンライン環境での学習が不可能だと知っていたので(ネットが繋がると無限に別の色々なものを見てしまう)、それまでの期間は参考書などで自分に足りてないと思う内容を勉強していた。

6/1に父にスクリーンタイムのパスコードを設定してもらい、
スクリーンタイム時間帯別制限を軸に生活を統制した

とにかくその後自分の生活を実験してはスクリーンタイム制限する時間帯を調節し、

9:20から始まる一限には基本的に出たいと思う授業が設置されていたので、
それに間に合うように、
ただ色々考えた結果朝走るのが生活を良いものにすると確信したので、、
努力目標として5時起きを掲げ、、

実際にも11月中旬くらいまでは6時前後には起きて朝ある程度走るというかなり規則正しい生活習慣の構築に成功していた。6時前後に走るためには早く帰って入浴しないといけない。そのタイムリミットの存在が日々の授業後の自習時間にもハリを与えたし、、
スクリーンタイム時間帯別制限の存在が強制的な早寝であったり、毎日早めに入浴を終えておくことを可能にした。

平日の一限の授業がない夏休み中や土日が問題だった。予備校の担任に相談して、朝スタンプ制度なるものを開始した。これは朝9時から9時半に予備校の受付に行き、塾生手帳のカレンダーにスタンプを押してもらうというものだ。

たかがこんなことで…?という感じだけど、意外な効果を発揮し、夏休みなんてカレンダーの8割以上がスタンプで埋まった。

しかし、冬は全然ダメだった。
理由は色々ある。iPhoneのある時のアプデでなぜかChromeというappが時間帯制限外になってしまった(app storeは制限内なのでアンストしておけば大丈夫なんだけど、出来心でスクリーン解禁中に入れてしまった日は悲惨だった。(この問題は時間帯制限においてなので、フォロワーに使用時間制限に入れたら良いのでは?と指摘されて解決したがそれは1月のことだった))こと、冬は寒いので過眠になったことなどが挙げられる。

そして何よりも決定的にダメだったのが、それのせいで何日か連続で朝スタンプが途絶えてしまう期間が発生すると、恥ずかしさから多少生活リズムが戻っても、押しに行けなくなり、折角のこのシステムが機能しなくなってしまったことだ。

本末転倒というかなんというか。ただただ愚かだ。

愚かだ

愚かだ

まぁ、でも、年間通して考えると、なんにせよそれまでの弊社比ではあるけどそれなりに勤勉であった。

しかし毎日勉強時間を確保できる生活というのに慣れておらず、シンプルに勉強のやり方が悪く(具体的には自分の力を過信した完璧主義を細かいところから広い計画にまでバチバチに炸裂させた)、学力は伸びなかった。

人は強迫観念でしか生きていかない
狂気といっても良いかもしれない
人生という本来こんな虚しいはずのものを生きていけるモチベも、一種の狂気でしかないのだから

様々なことに価値を感じられなくなってしまった僕は、

去年のように、
今出ている予備校の授業に愛着を持ち
決して聞き逃してはいけないな…!と思い込むこと(様々な工夫により授業が聴けるようになったというのは本当にデカイ。これは一浪時から色々考えてきてようやくという感じだ。普通に現役で東大に合格した人達の中にも授業が聴けないという人は案外多い。)だけは強迫観念として残すことにした。実現可能なことに対する強迫観念だけが身を救う。

授業はなんだかんだ言って楽しい。本当によかった。ここは授業内容以外のことに疑いを持たないようになんとか自分を制御するように努力している。


話が前後しているが、

そう、4浪目また同じ河合塾に所属することにしたのだ。

精神状態の紆余曲折を経て(http://matryoshkaddicted.hatenablog.com/entry/2021/03/25/220812

そうすることに決めた。

これは2021/3/10以降の日々の自分の在り方から考えて出した結論だ。


虚無はもっと後のことで、、

今まで味わったことのないほど強烈な人生の虚無感に襲われたのは予備校が始まってしばらくしてのことなので、予備校に入ると決めたときはそういう感じではなかった

ただただ3月13日とかに東大を目指すのを諦めた頃、これからどうしようと思っていた。

結論から言うと今年度は、
どこかしらの四年制大学に入る なによりも共通テストリスニングで下ブレしても九割五部取れるような力をつけることを優先する 
と決めた。

しかし、3月後半の日々はあまりにもひどいものだった。
なにもしない、ということを今までの人生では主にしてきたが、

その「なにもしてない度」の世界記録を自分で毎日更新していた。カール・ルイスみたいなところがある。

今までのダメすぎる僕だったら、こういった状況にあっても、まだそのうち徐々に変われるだろうだなんて考えて一年が終わっていただろうが、

今の僕は流石に何か縛るものを発生させないとどうにもならないとすぐに了解できた。

僕がアドバイス面で最も信用している高校時代の漫才の相方にも、来年大学受験をするなら一応今年1年間も受験生が集まる空間に通った方が良いと言われ、

去年一応ほぼ平日毎日9:20からの授業に出るという起床&外出圧力を僕に与えてくれた、圧力の授与と成功という実績のある、去年通ってた河合塾に今年も属することにしたのだ。


【予備校に属しないと勉強できないのは甘えなのかという話】

もし浪人(特に宅浪)や不登校や純度の高い無職の経験がなく
予備校に属しないと勉強ができないことが甘えだと思わない人はすごいと思う。
そういうことが観念として了解することに僕はものすごく長い時間がかかったからだ。


生まれてから毎年度ずっと何かしらの組織に通う習慣があったおかげで、
日々の生活の中にも何かしらの圧力が常にあるおかげで近代国民国家的システムの中で堕落し切らない人というのは案外多いと思うのだ。

こういう予定を詰めるとか行くべき場所がない時期を作らないことが、当たり前のように、あまりにも自然にできてる人というのがいるなぁと今まで生きてきて僕は思った。

日々、時間に追われる生活の中で、上手く時間のマネジメントをできない漠然としたもどかしさやダラダラした経験がないわけではないが、たとえば会社を辞めた頃のゴッホみたいな生活にはならないという。。。。


他にも、普通にそれはそれで辛いことだと思うが同居している家族の存在という圧力があるとか。。。

僕の高校時代の漫才の相方は
怠惰な人と勤勉な人がいる、と言う。属性として
僕の漫才の相方は現役で文IIに入ったし、センターなんて878点だった。大学も留年してない。しかし怠惰な方に分類されると、俺は自分に甘い人間だからと、事あるごとに言う。
もちろん地アタマの問題もあるが、彼の高校時代などを見てきたし、それ以外にも話を聞いてるとそれはあながち間違いじゃない気がする。
インセンティブがなければベッドに寝そべってスマホをピロピロする以上の気力が発生しない。彼にとっても読書なんて楽しんでするものだが、それも移動時間などが発生しないとあまり習慣にならないと言う。

生まれ持った怠惰さは仕方ない。
問題は、自分のrawの意思の力を無駄に信じていることだ。

意思を変えるのが一番無駄で、人が変わるには環境を変えないといけない。こんなことは僕が高1の頃から他者に対して主張すらしてきたことなのに…!そんな僕自身が環境要因の整備に関してかなり不徹底で、しかもその不徹底さに無自覚な部分が多かった。一年かけて失敗してはそれを受けて何箇所かだけ直す。この繰り返しだった。

あと、、

僕は怠惰な方なのに勤勉な人がより自分を追い込むためにやるようなライフハックばかり日常に組み込んできた。12時間の勉強時間を13時間にするための…!みたいな。僕がそんなライフハックを導入するのは、センター数学で半分取れない受験生が入試数学の掌握に取り組むことに似ている。僕がやるべきことは、勉強時間以外を削ることではなく、勉強時間そのものを増やすことだった。順番が逆だ。
高3の夏だって、それまでの人生ロクに長時間勉強したことがなかったのにも関わらず、夏休みが始まった瞬間にいかにして毎日15時間勉強するライフを始めるかということを考え、最初の方なんて8時からやってる東進衛生予備校の自習室について、開くのが遅い!そんなヌルいことではダメだ!と言って現実を悟るようになってしばらく経った8月中旬まで東進に入らない、という有様だった。



前半で述べたように人は強迫観念や狂気でしか生きられない。

僕にだって続けられるちっちゃな習慣はあって、たとえば入浴直後のストレッチだ。去年なんて毎朝5キロ走ることがそれにより可能になった(今年はあまりできてない。理由は後で。)それまでの人生でもあんまり3日連続走らなかった期間というのは中1の秋以降存在しない。

なんだかんだ高校時代、留年をかなり恐れてた。いや当たり前のことだけどさ。
高校時代、高校卒業成功をどうでも良いと思わなかったことだけが、今の僕を完全な0ではなくしてる。

単位もギリギリだったしいくつか諦めて放棄した。朝も起きられてなかった。基本的に生活リズムが48時間サイクルだった。遅い時間に起きてしまっては徹夜して学校に行っていた。僕が1限開始30分前に教室に存在しているだけで、同級生に今日徹夜やろとよく指摘されたものだった。


で、
実際問題
最近はどうしてるかというと

若干の自意識を克服したため(これは今年所属してる予備校のコースの人数が多いのもデカイ。70人くらいの最後列なら耐えられる。)、朝起きて、頭にカチューシャをはめて自転車を飛ばして予備校の授業に参加している。授業開始が9:20とかで、8時過ぎに結果的に起床する日が多かった。

去年は人数の少ないコースで毎回最前列に座り、誰とも喋らないくせに毎日髪を作っていた。それが街に出るためにヒトのカタチになるということだと思っていた。何日か連続で成功した時に元気に過ごせたせいで、そうしないとエネルギッシュに1日を送れないと考え毎朝強迫観念的に走っていた。
そういう強迫観念からも一部自由になれた。ある意味で完璧主義の部分的放棄かも知らないし、虚無主義に陥ったことで色々なことが割とどうでも良いと思えたからかもしれない。虚無はネガティブなイメージがあるが総合的に見て良い変化だと思う。大きな変革のためには破壊が必要なのだ。人生のスクラップ・アンド・ビルド

去年1年間は本当に謎だった。本当によくわからないことをしていた。
努力目標としての5時起きがあるので、23時までには寝たい。自分の帰宅後のルーズさを極度に恐れていたため、予備校前期の間なんて毎日19時までには帰宅していたはずだ。当初はスクリーンタイムが一日平均90分とかじゃないと死んでしまうと思ったからだ。そういう時間帯設定にせざるを得なかった。その後徐々に慣れていくに従って、逆にスクリーンタイムを短くすることには耐えられるようになり、様々な改編を施し、スクリーンタイム解禁までに入浴完了する!スクリーンタイムの解禁は21:55!だから20時過ぎまでに帰宅!入浴!という感じになっていった。
多少週末は長めに設定していたけど。。。

それでようやく睡眠のリズムが乱れない生活習慣が構築できたわけだけど、それでも勉強時間は平日1日5時間とかだった。ここまでやって自分は1日5時間が限界なのかとひどく絶望したものだった。それでも朝走ることだとか、自習時間を侵食する授業だとかも、そういったものが存在するリズムの中で勉強時間もある程度は保ててることだと考えていたため、その辺を変えようという気持ちにもなれなかった。何か変えて今より状況が悪くなったらどうしようと思っていた。結局変化を恐れていた。


そしてさらに、

こんな夕方以降は基本孤独に自宅のWi-Fi環境で短期集中型のスマホ操作!終わったら即入浴(入浴後スクリーンにしてから即寝る!)!みたいな生活の罠を全く予測できてなかった。

マルチタスクができないので1日のスクリーンタイム解禁中に人と一緒にいたくない。

2020年に
4回以上話した人間が、父と予備校のチューターを除くと2人で、そのうち1人は4回だった。これはcovid-19とかそういう問題ではない。

つらくなることの予想をしてなかったばかりか、つらいと思うような自分ではありたくなかった。ショーペンハウアー的な孤独観をずっと持ち続けてきたからだ。幼い頃から一人遊びが好きだった。幼少期誰かと個人的に約束して「遊び」に行ったことがない。家には一応家族がいたとはいえ、やはり自分はそこに寂しさを感じない属性の人間なんだと思っていた。遊び、に「」をつけてしまうくらい、この言葉に違和感がある。寂しいという言葉も結構嫌いだった。中高時代は定期テストの後同級生とカラオケに行くことは多かったが、長期休暇に約束してみたいなことはかなり少なかった。そういうことを“わざわざ”することに対して妙な抵抗のようなものがあった。むしろ、同じ組織、せめて同じ学年でない人と何か理由をつけて会う方が、約束という行為に関しては心理的ラクなことのように思われたので何度かしたが、あまり多くない。
なんにせよ、今年は孤独が自分の精神を擦り減らすことを流石に自覚しないわけにいかなくなった。まだまだそんな自分を赦せているわけではないけれど。

だから、なるべく会える時は人に会うようにはしている。
人と会うことで生活リズムが多少乱れることを、去年ほど生活リズムの維持に対して病的に神経質になっていないせいで、受け入れられるようになっている。


ただ
今年度僕の外出圧力たりえる授業の開始時刻は、
月13:10火9:00水10:50木9:00金10:50
という感じだ。。。

まぁでも最悪の事態は避けられたかな?という感じでポジティブに捉えている。

実際問題、時々、外出どころか起床にすら失敗してしまう。ひどく落胆するが、一回休んだら何回休んでもおんなじだみたいな0 100性に陥らないような精神性になってきてはいて良い感じだ。今までの自分も、この0 100性は思考においてはあんまり意識してなかったんだけど、どうしても無意識のうちに感覚がそうなってることが多かった。

予備校の講師の質が良い、という事実は無気力の生徒をせめて予習くらいはしようという気持ちにさせるという観点でもかなり大事なことだ、と気づいた。

僕だって基本は参考書勉強効率主義が可能ならベストだと考えてるわけだけど、、、僕には可能でないわけだから。。。

大学受験にある程度詳しい人が見たらわかるが英語の講師陣(墺/高沢/太/刀禰)が凄すぎる。河合塾が誇る講師陣という感じがする。数学も良いんだけど、、午後からに授業が集中してるから。。。