傘と潜熱【二浪時夏期講習】

何も考えずに書いたこっち

http://matryoshkaddicted.hatenablog.com/entry/2019/08/08/000147
の改訂版。

どっちが良いだろうか。改訂前の方が良い可能性があるんよな。


「傘と潜熱」

(一)

2019年の夏
つまり2浪時のこと。

僕は1浪時、御茶ノ水にある駿台という予備校の通年のコース(学校みたいなカリキュラムが組まれてる)に通っていた。しかし、2浪時は年間通しては通わず、夏期講習だけ受けに行った。

講座は3つ取った。そのうちの1つ目の時の話。7月の上旬だった


講習の最終日4日目の天気はかなり微妙だった。決して大雨ではなく、断続的に降ったり止んだりという予報。傘が全面的に不要ということは無さそう、みたいな。殊、雨傘に限定するけど、あれほど雨が降っていない時に邪魔なものはない。帰り道だけ晴れている時などつい捨ててしまいたくなってしまう。
晴れている時、つい傘を杖代わりに使ってしまって歪んでしまうことがある。勿論広げてる時に暴風で歪むこともあるけど、。
家を出る際、後で降るかどうか微妙だと最悪出先でお金を出して買えば良いと思うこともある。しかし100円や200円のものは見ない。使い捨てくらいの気持ちで出先で買ったビニール傘も、数回使っているだけで愛着の萌芽が発生していることもある。
傘にこだわり、気に入ったものを使い続けられるというのは、その人が何かを受け入れた人物である証左の一つではないだろうか。修理するまでして一つの傘を使ってみたい。一度壊れたものを修復するという営みを通してさらに愛着は増す。出先で買う傘にこだわりを発揮できない。そこにそれが売ってあったから買うのだ。

ところで、傘ってあったからといって無敵になれるようなものではない。むしろ傘って割と無力だ。濡れるのが嫌過ぎて室内に閉じこもってしまう日も多い。

(ニ)

予備校の講習で両隣の人間は毎日同じだ。かといって、普通、言葉を交わすことはほとんどない。予備校の教室で隣になるということは、電車で隣の席に座ることと、そう変わるものではない。状況としては
偶然同じ電車に乗り合わせた人間に話しかけることは社交性ではない。儀礼的無関心。それがこの社会で共有されている通念だろう。多分

基本的に僕も隣の人間なんかに関心は払わない。その講習では両隣は男だったし。特に

それでも、挙動は目には入る。
左の男に関して言えば、特筆するべき、というほどではないけどいくつか気になった点があった。


まず、僕は多汗症だ。しかも類稀なる。
夏は皆汗をかく。しかし、僕のそれは一般人の比ではない。
そして、自分くらいのレベルの多汗症の相手というのはなんとなくその人を見ているとわかる。

教室は冷房が効いていた、かなり。この多汗症の僕が半ズボンだとつらいくらいだった。そんな中左隣の男は頻繁に扇子で仰いでいた。親近感がわいた。僕もミニ扇風機でさりげなくアピールしたつもりだった。暑がりさの誇示


僕はAmazonの欲しいものリストのことを「オンライン積ん読」と呼んでいる。このリストに、飲茶という名前の人物による著作があった。彼は飲茶の毎休み時間読んでいた。会話の糸口としては十分すぎる。
しかし、僕は飲茶をそのまま「やむちゃ」と読んで良いのかどうかわからず、また、それを検索したところで、なんだかよくわからなかったため、その件で話しかけるのは躊躇っていた。あるいはそれを単に話しかけないための理由にしていただけかもしれないけど。逃避の正当化


オペラグラス。
僕はこの華美な響きを一浪時にこの予備校に入って初めて知った。

言ってしまえばミニ双眼鏡のことで、授業中黒板の字が見えにくい場合に使う。僕はその講座の担当の講師の授業を受ける時はいつもこれを必要とする。字が薄くて見にくいからだ。しかし僕は自前のものは持っていない。毎回予備校で貸し出しているものを借りに行くのだ。だから時々オペラグラス返却待ちの列に並ぶことになる。
その彼は自前のオペラグラスを持っていた。金と黒のなかなかにゴージャスなデザインのモノだった。これについても言及したくなった。


彼の夏期講習の受講証をチラッと見た。僕も取っている古文の講座を取っていた。複数期間で開講されているため、同じ期間のものかどうかはわからなかったけど。やはり親近感がわいた。

そもそも、僕はこの講座が最初取れなかった。この予備校の校内生ではないからだ。人気講座なのだ。校内生が優先的に取ることができて、基本的に校内生だけで埋まってしまう。それでも、キャンセル待ちの電話を根気よく毎日のようにかけ続けて取った講座なのだ。その講座を選んでいるという時点で一定の親近感はわく。たとえどんな奴であれ。実際が


三日間講習を隣で受けていて、彼から受けた印象は、ざっとこんな感じだった。だからと言って話しかけたりはしなかった。人見知りとか関係なく、普通のことだと思う。

(三)

講習四日目の昼下がりは軽く雨が降っていた。降り出したのだった。

予備校の建物に入ろうとした時、女の子が、丸めた上着で頭で抑えて雨を凌ぎながら、入り口の階段を駆け降りているのが視界に入った。見た目がタイプだった
きっとコンビニにでも行くつもりだったのだろう。幸い僕は傘を持っていた。僕は今から予備校という屋根のある場所に入るわけだから傘はしばらく要らなくなる。どうせその子もちょっと行って帰ってくる感じだろう。もし良かったら…!とか言って、傘を手渡し、食事室にいるから後で返しに来て…!などと言ったら……みたいな想像をする。あくまでも想像を
勿論、そんなことを考えているうちに、その子はどんどん予備校から遠さがっていった。気落ちしながら、講習が行われる教室に入った。通常運転。むしろ変なムーブをせずに済んで良かった。そういったことをするのは激キモコミュ力の発現だと僕は考えている。僕に限らずだろう。何を当たり前のことを、という感じだ。

授業が始まっても例の左隣の男がどういうわけか来ない。

この日は授業開始直後脳の働きが鈍っていた。昼食を食べ過ぎたからだろう。「仮定法過去完了」を何度も「過定法過去完了」と書いてしまっては書き直すという具合に。そして録音をしているという安心感からその脳の鈍りに身を委ねてしまっていた。

左隣の男が来たのは授業開始25分後くらいだった。

一限が終わった後、彼は僕に自分がいなかった時の分の板書を見せて欲しいと言った。若干は予想していた展開である。期待していた展開でもある。そして、同時に危惧していた展開でもあった。それは僕の中で様々な複雑な事情が絡み合っていたからだ。

僕はささやかな完璧主義者だ。基本的に、聴き漏らした部分や理解が十全でない部分は録音を聴いて、必要があれば授業中に取った板書やメモにさらに書き加える。もし人に見せて欲しいと言われても、出来れば自分の満足いく状態で見せたい。これは相手に対する思いやりというより自分に対するプライドだろう。実に不要だとは思っていた。しかし2浪時まではこういったスタンスを捨てる勇気はなかった。
(いや録音は本来禁止なのだけれど!しないと安心して授業を受けられなかったから!バレないように!せずにはいられなかった!)

勿論相手にそのようなことは言えない。きっと、そんなことを相手は求めてないから。それに意味がわからないと思う。正直怖いだろう。そんな講習で隣の席になっただけで、そこまで完璧なノートの提供を申し出たら。だって、そこまでする理由が普通はわからないから。僕の、相手の要求に対して過剰な努力をせずにはいられない、という性質が出てしまっているのかもしれない。いやそうだろう。

そうでなくても、僕は字が汚い。ふつうに字が下手なのに加えて、授業では板書のみならず、できるだけ授業中に多くの情報をメモりたい派だ。そしてその講師は特に授業スピードが速い。あんな時間当たりの情報密度の高い授業を他に知らない。当然字は雑になる。僕は基本的に自分が読めさえすれば良いというスタンスだ。

また、僕は後で調べようと思ったことをメモるようにしている。倒置の例でforget me notと出てきた。尾崎豊 とメモった。彼の曲名にあった気がするがこの語順だっけ?と一瞬なったから。こういったものも見られてしまう。見ても「???」となるだけであろう。

僕としては、彼の不在時の部分を録音を聴きながら綺麗な字で清書し、もし同じく取っている古文の講座のタームが同じであれば、その時にでもコピーして手渡す。もし古文の講座が違えども連絡先を交換し、僕の清書が完了し次第、写真に撮って送る。これでも良いわけだ。こういった在り方が、今回のノート提供における理想の形だと考えていた。もちろん机上の空論だ。現実には提案しにくい方法である。なんにせよ相手からしたら意味がわからない“過剰さ”があるから。しかし相手の方からそういったことをいうのは図々しいと思うだろうし、やはり僕がそういった提案をするべきではあったのだと思う。

隣の席の奴が今日の授業の最初から来なかった時点で、こういった展開になることは薄々気づいていたのだ。板書提供要請という状況の発生可能性がそれなりに存在していること、それを了解しながら、脳の鈍りに身を委ねた自分の愚かさが哀しい。多少意識的になれば、まだマシなノートを見せられたかもしれない。連絡先云々の展開に進められないのは、わかっていたはずだったのに…。

(四)

彼のノートを見せて欲しい、という要請は当然ながら快諾した。
しかし、写真にでも撮れば……くらいのことしか言えなかった。

彼と言葉を交わして関西風のイントネーションを感じた。僕も関西出身であるため親近感がわいた。

さらに彼が講習に遅刻した理由は寝坊だという。我々がまさに絶起(絶望の起床の略)と呼んでいるものだ。絶起と言いたかったが、通じなかった場合白けるし、なんにせよインターネットオタクだと思われるのでやめた。それはともかくとして僕も「絶起」をよくするのでさらに親近感がわいた。彼は8時に一度起床こそしたが二度寝か何かをして16時に起きてしまったというのだ。まさに僕がよくするタイプの「絶起」ではないか。数ある絶起の形態の中でも最も親近感を憶えるタイプの絶起だった。

彼は四国の出身で、東京のこの予備校の通年のクラスに通っている校内生らしい。おそらく寮生だろう。そういった会話の糸口も浮かんだのにも関わらず、そのような話題を最後まで振ることができなかった。


彼は、なぜか、開成高校の人とかほとんど浪人しないんだろうな、的なことを言い出した。なぜ突然そんな話を始めたのかは謎ではある。彼なりの会話の始め方だったのかもしれない。

そして僕の出身高校がどこか聞かれた。正直に答えた。こういってはなんだが、名門である。極めて。彼は驚いていた。

灘は中高一貫校ではあるが高校からの編入がある。僕が中学からの入学か高校からかを聞かれた。中学からと答えた。彼の出身高校も同形式で彼は高校かららしい。
彼は高一の時の中学受験組に追いつくための勉強が大変だったという。そんな自分がなんで浪人せなアカンねん、と呟いた。僕はそんな気持ちになったことがない。きっと命を削って勉強したことがないからだろうな。なんだか浪人生として生きていて申し訳ない気持ちになった。単に僕の自責思考が強いだけかもしれないけどさ。

その後、僕は前の三日間で感じていた気になったことを色々話してみた。講習で隣の人の喋るという珍しい状況が起きている。


彼は休み時間の度に、猛然と僕のノートの写真を自分のノートに写していた。前述の通り僕のノートの字は大変読みづらい。そのため、時々何と書いてあるのか、という質問を受けた。

そんな中で、希望の綱であった古文の講習の日程について尋ねてみた。同じであれば先程の僕の世話好き風な提案もしやすい。しかし、違うタームだった。

そして、その時。取ってる古文の講習のタームが違うと判明した時。彼はこう言った

「まぁ、もう会うこともないやろ。こういうのは一期一会や」

何故そんなことを言うのだろうと思った。
確かに事実ではあるだろうけど。僕は彼に恨まれるようなことはしていない。決して彼の口調は冷たいものではなかった。きっとあまり何も考えずに言ったのだろう。単に一期一会と言いたかっただけなのかもしれない。しかし、僕はなんとも言えない切ない気持ちになった。

さらに志望校を聞かれた。東京大学文科三類だと答えた※。彼は、文三に行く人は実家に余裕があって、みたいなことを言い出した。またしても、なぜ、そんなことを言うのだろうと思った。僕がこの手の話題に敏感なだけかもしれないけれど。異常に
※僕は結果的には4回東大を受けて一度も文三を受けなかった(僕がこの文章を書いている今は4浪中)。しかし2浪の夏の時点で、たしかにその年文三を受けるつもりでいた。

彼は通年でこの予備校に通っている校内生なわけだけれども、そんな彼に通年の授業の教室で隣の席の人間と喋るか?という質問をした。
なぜ、そのような話をしたかというと、予備校の講習で喋るのは珍しいという話をしたからだ。彼は、これが初めての講習会だから相場はわからない、と答えた。つまり彼は一浪なのだ。
彼は通年のクラスでは隣の人間と喋らないこともないらしい。僕にノートを見せてほしいと言ってきたのも偶然その講座の受講者の中には知り合いがいなかっただけで、予備校に知り合い自体はいるようだ。ただ隣の席が女性の場合はまず喋らないとのこと。
それに因んで、僕が出身高校は男子校であることを指摘された。そして、お気の毒に、と言われた。

余計なお世話である。

強がりではない。高校卒業から一年以上経って僕の中で醸成された考えは、少なくとも自分という人間は中高の人格形成期を男子校で過ごして良かったというものだ。これが男子校出身者の総意では決してないだろうし、僕だって自分自身に関しての考えが今後変わるかもしれない。しかし、現時点で僕が出してる結論は、少なくとも自分にとって中高男子校が最善の選択だったということだ。これは、かなりの紆余曲折を経て色々考えて出した結論だ。僕は中2の時分には共学に転校することを切望していたし、そういった胸の内を中学受験の塾が同じだった女子に語ることもあった。青春群像劇への憧れは中高を通して、いや2浪時も強く持ち続けていた。そういった精神性を持ちながら、自分にとっては中高時代、少なくとも学校生活を送る場に女子がいなくて良かったと確信していた。
その理由を完全に説明するには一万文字は軽く必要だから、ここではその詳解は割愛するけれど、男子校出身生活エアプが軽々しくそんなこと言わないで欲しいという気持ちがある。勿論僕だって日常生活においてエアプのくせに軽々しくモノを言ってるようなことは沢山あるんだろうけれども……。

(五)

講習が終わりいよいよ帰ることとなる。講習最終日。本当に彼と今生の別れになるかもしれない。彼がこの予備校で属しているのは東大の理系を目指すコースだ。志望大学は文理が違うといえど同じだ。共に合格すれば同じキャンパスに通うことになるけれど、受験の世界は甘くない。特に東京大学は難関だ。共に合格することを確実視した前提で話をすることはできない。

隣の席だし、ぽつらぽつらと言葉は交わし続けていたので、彼と一緒に教室を出ることとなる。

教室は六階で、降り方の選択肢はエレベーターと階段があったが、自然な感じで二人で階段を降りることになった。彼もそれなりに僕と会話して過ごす残り少ない時間を引き伸ばすことに意欲的だったのかもしれない。


この予備校に関するWikipediaのようなサイトがある。そして前述の通り僕は二浪である。一浪時に、この駿台御茶ノ水に、校内生として属していた頃から、そのサイトを熟読してきた。通年のクラスの講師陣の名前なども載っている。そして、二浪して通期のクラスには属さなくなってからも、このサイトは時々見に行っている。彼の属しているクラスの講師陣もほとんど把握していた。これは本当に多浪にありがちな予備校参考書マニア的趣味からきてしまう激キモムーブだ。受験関連のコアな固有名詞な情報に触れるのが純粋に好き。そういったものに好奇心を持ってしまう

そのせいで、会話をかなり先回りして、彼に通年のクラスに関するかなり具体的な話をいきなり振ってしまうなどした。そして、話が噛み合わないという事態が発生した。とても気まずかった。まだ六階から五階に降りる段でそんな感じになってしまった。

その後、とりとめもない話をしながら降りて行った。

二階でふと気付いた。六階の傘立てに傘を置いたままにしてきてしまった。

僕は傘を盗まれることに対する警戒心が強い。濡れることがとても嫌いだからだ。というか人々の意識の低さに日々愕然としている。傘立てなんて軽犯罪の温床である。傘立てにさされている傘を公共財産だと思っている輩は思いの外多い。そもそもどれが自分のやつなのか透明のビニール傘だったらわからない。僕は盗みにくいように記名し、さらに前日なんてウェットティッシュの空き袋をかぶせておいた。これなら取らないだろうという魂胆だ。このくらい異常なことをして初めて傘立ての傘なんていうものは守れると信じている。

僕はそういった精神性を持つ人間である………。

しかし、だ。ここで傘を取りに行くなんて言ったら…

彼は待ってくれるかもしれない。でも待ってくれないかもしれない。

僕が彼の立場ならどうするだろう。きっと待つだろう。しかし、僕と彼は違う人間だ。特に今日少し喋ってそれを感じたわけだ。そうでなくても自己と他者は区別しなければならないのに。それに僕が三日間彼に対して感じていた感情は双方向性を持つものではない。当たり前だ。彼にとってたまたま右隣の席に座っていたから、ノートを見せてくれた単なる受動的良い人の二浪にすぎない。

どうだって良いのだ。彼にとって僕は出先で買った300円のビニール傘みたいなものだ。もはや拾った傘かもしれない。disposalな人間関係。

仮に待ってくれたとしても何を思うかわからない。広義の友達にすらなれていない関係が持つ哀しさがここにある。

もし待ってくれなかったら…。だって彼にそんな義理はないのだから。意味もあまりない。僕はどうしようもなく哀しい気持ちになると思った。傘を取りに行く、と言ったことを後悔するだろう。これから先、その傘を見る度にそのことを思い出してしまうだろう。

もし彼が待たないと言ったからといって、「あ、じゃあ傘いいや」とも言えない。そういうものだ。彼は、何故この人は傘を諦めてまで自分と一緒に駅まで歩きたいのだろう、意味がわからず怖いと思うかもしれない。そして、その後一緒に歩いても、このことのせいで、より気まずい雰囲気が流れるだろう。

こんなことになるくらいなら、勇気を出して、予備校に今日来た時に入り口で女の子に傘を渡して、しばらく借りパクされときゃ良かった。記名だってしてるんだし。そんなバカなことも思ってしまう。

僕は一人で予備校から駅まで歩くのが嫌だったわけではない。むしろ、そういうのは得意だし、一人で帰るのが嫌という人は相容れないと思ってしまうことすらある。僕はそういう人間だと思う。少なくとも自分の中の寂しいという感情を何故か憎んでいる。まぁそんな人間ほど本当は寂しがり屋なものだけど。

それでも僕は、彼と、この状況で今生の別れになるかもしれないのが嫌だったのだ。

良いじゃないか濡れるくらい。彼とは「一期一会」かもしれないんだから。一緒に雨に打たれてみるべきだ。
 
傘自体に関しては記名だってしてるんだ。後で取りに行けば良い。ただ、傘に限った話、記名してるとはいえ何があるかわからない。これで紛失することになったとしても、まぁ、壊れかけだったし良いや、などと思ってみる。

もし外に出て大雨なら、思い出したように、そう言えば傘持ってたわ、と言ってエレベーターで6階まで取りに行こうかなとも思った。
しかし、実はその予備校では傘の貸し出しを実施している。あまり知られていない事実ではあったがもしこのことを彼が知っていれば僕が取りに行ってる間に帰ってしまうかもしれない。


予備校を出る時、もうすっかり日は沈んでいた。街頭が醸す光の粒のシャワー

ただ幸い小雨だった。小雨に打たれながら彼と駅まで歩いていく運びになった。とりとめのない話をしながら歩いた。会話内容を全く覚えていない。内容が相当に薄かったのだろう。僕は数分の床屋談義のために傘を諦めたんだなと思う。

あの傘はもう乾き切っているだろうか。まだ少しは湿っているかな。

彼がどこまでドライに接したいのかも、僕からはハッキリとは分からない。

彼と最寄駅は違った。近いけど微妙に違う場所にある駅だ。僕は敢えて、自分の使う駅の、予備校から遠い方の改札口まで歩いた。小雨に打たれる時間は伸びるけど。今生の別れになるかもしれない、と考えるとやはりタイムリミットは伸ばしたい。僕は彼の名前は知らないままだし彼も僕の名前を知らないだろう。いくらこのネット社会にあっても、名前さえ知らないのはキツい。

来年駒場で会えると良いな、と言って僕は改札をくぐった。

まぁ来年会えてしまうと、一期一会にならないんだけど笑笑……………。

結局、その傘を取りに行きはしなかった。

そして、今僕は四浪している。東大合格は諦めた。

(了)

“入浴後の発汗について”

俺は多汗症だ。それも類稀なる

これは自信がある。あくまでも自分が直接会った中ではあるけど、自分より汗っかきな人間に出会ったことがない

ほとんど水のような汗だけど、それが大量に出る。本当にちょっとした動作で

少しでも自分の動作に位置エネルギーの移動が含まれるともうダメなのだ。物理には疎いので正確な表現がわからないけど。伝わっていたらそれで良いと思う

だから夜に入浴を完了してから朝家を出るまでの間に発生する発汗を極力減らしたいという切実な願望がある。半ば強迫観念的に朝起床後にシャワーを浴びる習慣が失われてしまってからは、特に

いや、これは21年間(いやこれは決して長い期間ではないけれど)生きていて、、一日中シャワーを浴びる機会が得られない中での乾燥と発汗の蓄積と、入浴から翌朝の外出までの間のそれとの間に根本的な質的な差異があることは経験的に了解してきたつもりだ。

しかしながらそれでも入浴後敢えて湯冷めしやすい環境に身を置いた後に起こる発汗への恐れは払拭されなかった。

このことにより、本当に入浴を後回しにしてしまう傾向にあった。

入浴というのは明確にタスクといえる行為だ。生活における営みとして

終了後に実感できる快楽の方が勿論よく言われているように大きいが、やはり様々な点で手軽に実行しにくい行為だ。

たとえば、部屋のちょっとした整理、物を探すという作業。これは「かがむ」という、その後「立ち上がる」が必ず待ち受ける、位置エネルギーの変動を伴う動作だ。しかも複数回

入浴完了後にこういった営みが発生するのが少し前まで本当に耐え難いことだった。

そして、こういった営みはあまり面白みがない。つまり先延ばしにしてしまう傾向にある。しかしこれが終わらないと入浴したくないと思っている。だから入浴時間が遅くなる。寝る時間が遅くなる。より良き生の探求から遠ざかる。

しかし、最近前述の「入浴後翌日の外出までに起こる発汗など取るに足らないものだ」ということへの理解がようやく感情レベルまで落とし込めるようになった。

一番大事なのは一刻も早く入浴することだ。これはずっと前から思ってたし、公言?していたことだけど、より基本原則として捉えられるようになった。

このことがどれだけ僕の人生の好転させることか。

俺が人生の成功者と将来なった時、その原因を分析し、曖昧ながら様々な要素に分解した場合、間違いなくこの思考転換がもたらした影響は相当に大きいと主張するだろう。

まぁそれも人生を好転させるような精神構造の変化が根源にあって、あくまでも“一刻も早く入浴することを何よりも重視するということが何の疑いもなくできる”もその精神変化のおかげだと思う。

その精神変化というのは完璧主義の撤廃なんですよね、、入浴後の発汗起因の取るに足りないにおいの悪化を軽視できるようになったということ。


聴き潰してきた曲達

マイブーム曲変遷ってこと。聴き潰すってそういう意味で使ってる。

ほとんど固有名詞の羅列です!!


意外にもこういうのは読んでくれる人がいるらしいし、何よりも割と僕はこういうのを言いたいが抑えてる傾向にあるので言う。


元々知ってて初聴でなんとも思えなかった曲とかでも急に自分の中でキタりすることもあって、、
流行りとかとは全く関係ないです。

2020年 主に3浪(それ以前は一番下に載せ)
1月
フジファブリック 桜の季節
2月中頃
松田聖子 白いパラソル
藤井風 もうええわ
MISIA つつみ込むように・・・
安室奈美恵 Don't wanna cry
3月4月
ヒトリエ アンノウンマザーグース
Creepy Nuts 助演男優賞
CHAGE and ASKA モーニングムーン
King Gnu 白日
平井堅 楽園
Billie Eilish bad guy
5月
中山美穂全般
カネコアヤノ全般
大森靖子 きゅるきゅる 
cocco 強く儚い者たち 
6月
安室奈美恵 Don't wanna cry(再)
大森靖子 無修正ロマンティック延長戦
チャットモンチー ハナノユメ
L'Arc-en-Ciel Driver's High
Blondie call me
7月
オレンジレンジ全般特にウトゥルサヌ
char 気絶するほど悩ましい
徳永英明 最後の言い訳
原田真二 キャンディ
テレサテン 別れの予感
米津玄師 しとど晴天大迷惑(改めて)
JUDY AND MARY BLUE TEARS(歌詞は冬やのに。。)
8月
Neru 再教育
じん カゲロウデイズ(血が出てくる歌詞をようやく克服)
Iron Butterfly /In-A-Gadda-Da-Vida
相対性理論 帝都モダン
石川優子 シンデレラ サマー
JUDY AND MARY DAYDREAM(これはめちゃめちゃ聞いた)
JUDY AND MARY全般今まで以上によく聴くようになった。
かいりきベア全般
米津玄師 Flamingoのイントロが良いと思うようになった。 
米津玄師 鳥にでもなりたい
佐野元春 Young Bloods

9月
きのこ帝国全般(金木犀の薫りを同定しようという決意につながる)
米津玄師 クランベリーとパンケーキ
米津玄師 LOSER
EURYTHMICS /Sweet Dreams
Mrs. GREEN APPLE /ロマンチシズム
相対性理論 /FLASH BACK
PETER BJORN AND JORN /Young Forks
ayase/幽霊東京
ラブリーサマーちゃん/水星
GLORIA GAYNOR/ I Will survive
Billy Joel 全般

10月
ゆらゆら帝国 空洞です
CY8ER はくちゅーむ
andymori CITY LIGHT(ついに歌詞を覚えようというレベルまでになった)
11月
YMO 東風
麻生久美子 夢で逢えたら(カバー)→アルバム「きれいなひとりぼっちたち」
アルバムとしてスピッツ「ハチミツ」→あじさい通り(季節外れだけど)
12月
(ミュージックをスクリーンタイム下にしてしまい不作)&12月用のプレイリストを毎年12月は聴くようになる。

2021
1月
「きれいなひとりぼっちたち」のミツメの「駆け抜けて性春」のおかげで、銀杏BOYZ「駆け抜けて性春」そのものの良さにようやく気づき心の滋養になる。ミツメも聴くようになる。

木村カエラ リルラ ルリハ
藤原さくら Super good
Ariana Grande Greedy

アーバンギャルド 映えるな(あんまりアーバンギャルドっぽくない気もするが)

Adoさん ユニカビジョンで流れてて良いと思った。いつの間にかかなり流行ってた。うっせぇわという曲名がそんなに好きじゃないが、めっっちゃ聴いてる。めちゃめちゃ聴いてる。脳内鬼リピ状態。

2月
アルバムとしてだが
藤原さくら SUPERMARKET
David Bowie Let's Dance(これもアルバム名の方)
ラブリーサマーちゃん THE THIRD SUMMER OF LOVE
The Cardigans/ Life(特にそりゃCarnival)
The Cardigans/First Band on the Moon(特にそりゃLovefool)

ハヌマーン アパルトの中の恋人達(曲の良さもさることながら歌詞が天才的)

3月
YOASOBI 怪物→夜に駆ける(こういうのはやはり1年遅れだな僕は)
aiko 磁石

4月
河島英五 時代おくれ
MEN AT WORK&Down under
BLOOM BASE /bluma to lunch
JUDY AND MARY ひとつだけ
相対性理論 (恋は)百年戦争

5月
椎名林檎 ここでキスして。 ギブス(遂に好きになった。僕は椎名林檎の好きな曲の変遷が謎で、、中2 歌舞伎町の女王 中3 罪と罰
高3 浴室 1浪 いろはにほへと 2浪 シドと白昼夢 3浪 愛妻家の朝食 )
クリープハイプ HE IS MINE
JUDY AND MARY アネモネの恋 KISSの温度

6月
相対性理論 ケルベロス(再燃)
TUBE ガラスのメモリーズ(再燃)
佐々木喫茶 恋のロケットランチャー
andymori ずっとグルーピー
avicii Waiting For Love
Go-BANG’S あいにきてI・NEED・YOU!

7月
?????





2012秋頃(中1)それ以前はほぼほぼサザンのI AM YOUR SINGER世界に一つだけの花以外邦楽を知らなかった。

AKB48 Everydayカチューシャ
B’z LOVE PHANTOM
槇原敬之 どんなときも。
ZARD 負けないで
ポルノグラフィティ サウダージ

2013
1月
米米CLUB 君がいるだけで(完全にガキ使の山1グランプリの野爆川島(当時)&ガリットチュウ福島の影響)

2012〜2015(順番すら詳細不明)
TUBE全般特にきっと どこかで
チェッカーズ全般
中森明菜 北ウイング(ピカルの定理のコントで)
槇原敬之 もう恋なんてしない
安室奈美恵 Chase the Chance
globe wanna Be A Dreammaker
石川ひとみ まちぶせ
久保田早紀 異邦人(ZARD &B'z松本verもすき)
布袋寅泰 POISON (多分2015) さらば青春の光(こっちが先)
中原めいこ君たちキウイ・パパイア・マンゴー だね
チューリップ 心の旅
シド 私は雨
杏里 オリビアを聴きながら 悲しみがとまらない
中島みゆき わかれうた(中2か中3)
竹内まりや カモフラージュ
椎名林檎 歌舞伎町の女王
ポケットビスケッツ全般
小泉今日子 木枯しに抱かれて
東京事変 キラーチューン 群青日和 遭難修羅場 閃光少女
テレサテン 時の流れに身をまかせ
AKB48 永遠プレッシャー
センチメンタルバス sunny day sunday
いきものがかり 最後の放課後
一青窈全般(中2とか中3)
森高千里全般
Madonna /Materal Girl

2016

村下孝蔵 踊り子
THE YELLOW MONKEY /JAM とSPARK
片平里菜 東京スカパラオーケストラ 嘘をつく唇
宮村優子 心よ原始に戻れ
三月のパンダシア day break

2017
欅坂46 サイレントマジョリティ
サンポマスター 世界はそれを愛と呼ぶんだぜ
ユニコーン 素晴らしい日々(初聴からだいぶ経っていたが、この頃に初めて良いと)
ユニコーン May be bule(大阪駅でずんだしぇいくを飲みながら聞いてたのを明確に覚えてる)
ハチ マトリョシカ摂津本山のラーメン太郎に行く道で聴いてた記憶が明確にある。秋口)
坂本龍一 Happyend
中島みゆき 誘惑
奥田民生の曲を10月くらいはよく聴いてた。ちょうど奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガールを見に行ったのも良かった
乃木坂46 インフルエンサー
宇多田ヒカル Movin'on without you
BoA VALENTI

B'z もう一度キスしたかった

12月
Band Aid /Do They Know It's Christmas?
佐野元春 Christmas Time In Blue

2018
1月
a-ha /Take On me
AQUA /Cartoon Heroes
ネーナ /99 Red Balloons
The Rubettes /Sugar Baby Love

2月
ジョンレノン LOVE
相対性理論全般 特に LOVEずっきゅん
東京事変 透明人間 

3月
華原朋美 LOVE IS ALL MUSIC
フジファブリック 蒼い鳥

4月
ASIAN KUNG-FU GENERATION/荒野を歩け ブラッドサーキュレーターた
うたたP/ こちら、幸福安心委員会です。
ピノキオP 腐れ外道とチョコれゐト
YM 十面相

夏前くらいまで
フジファブリック Sugar!!
フジファブリック WIRED

6月ごろ
椎名林檎 いろはにほへと(マジで聞き潰す)
7〜8月
オワタP パラジクロロベンゼン
クリープハイプ 愛の点滅 エロ ラブホテル
チャントモンチー シャングリラ

秋以降(〜2019 2月くらいまで)
amazarashi リビングデッド
シド 妄想日記
Neru 東京テディベア(改めて)
DECO*27 モザイクロール
Junky メランコリック
R Sound Design 帝国少女
ぬるり フラジール
wowaka ワールドエンドダンスホール
みきとP いーあるふぁんくらぶ
蝶々P え?あぁ、そう。
光GENJI ガラスの十代
米津玄師 メランコリーキッチン ゴーゴー幽霊戦 ポッピンアパシー
花澤香菜 恋愛サーキュレーション

直前期
フレデリック

・・

タイミングを覚えてない
工藤静香 MUGO・ん…色っぽい/恋一夜
森田童子 ぼくたちの失敗(たぶん高3だけど、いつ高校教師を見たかちゃんと覚えてない)
長渕剛 GOOD BYE青春
THE BLUE HEARTS 青空
John Lennon/(Just Like)Starting Over
山口百恵 夢先案内人
山口百恵 さよならの向う側(後から好きになった。どうしても光年の誤用が気になり続けたから。)



邦楽チャートの青チャートみたいな感じですね。。。長らくゆらゆら帝国とかを聴いたことが無かった。そのことをひどく恥じている。

遊園地に行かなかった中高時代


中高時代テーマパークを盲目的に嫌っていた。あの嫌い方は異常だった。関西にいたのにユニバに中高時代1度しか行かなかった。その1度というのが高3秋の遠足だ。

灘は毎年遠足という行事がある。中1が明石の天文系の博物館 中2が奈良(集合から解散まで同じ班の人間達はマクドでゲームをして、僕はヒトカラをしていた)中3が京都の博物館と宇治 高1が万博記念公園 高2が嵐山 そして高3がユニバだった。

なぜあれほどまでに食わず嫌いしていたのかよくわからない。あれこれ論理的な理由(年パスを作るほどの頻度で行かないならカラオケなどに行くよりコストがかかる、など)を当時は述べていた気がするが、人が過度に合理的になろうとする時その根拠は感情にあるのだ。所詮なんとなくだったのだろう。待ち時間が長いことも理由にしていた。その時はユニバの待ち時間を非建設的な会話で埋めるのは基本的に「ウェイ」系がすることだと僕は考えていたのだ。そこで起きる会話が非建設なものになるとは限らないのに。一応高2の時に三重県スペイン村に行ったがそれは楽しかった。ピレネーという絶叫マシーンがスリリングでよかった。経営状態が心配になるくらい空いていた。スペイン村は待ち時間が無かったから良かったのだなどとこじつけていた。

しかし、遠足という強制力でユニバに行った時、自分の中高時代のこだわりをひどく後悔した。
普通にあらゆるエリアが魅力的だった
ちょっとした面倒さと、逆張り精神から、近くのカラオケ以外の娯楽を排除し続けた中高3年間を恥じた。
21時とかまでいたが、都会の夜景が眼前に広がる中、大阪LOVERを流しながら駆け抜ける絶叫マシンは代替不能な快感を有していた。

都会の夜に駆ける絶叫マシン。
東京だと、ドームシティのジェットコースターに日が暮れてから乗ると良いと思います。

無題

地震なんて、日常における次の5分で起きない確率の方が高いわけで

高過ぎるわけで、、

そんな瞬間に恋人が歯磨きをしてたりすると

不安になる

隣に僕がいて地震が起こったら

恋人の歯ブラシが僕に当たって、その反動で彼女の喉を突いてしまったら、って、、

僕たちはそんな起こらない可能性の方が格段に高い危機を

騙し騙しによって忘れながら

いつか必ず来る死すらも、今すぐじゃないって信じながら。。。。

あまりにも陳腐なことだけどさ、、

考えずにはいられないよ

君もそうでしょ

ライフワーク【自分が自分であるということに対する気持ち悪さについて】


この感覚を他者に共有できる形で言葉で言い表せたらなぁって物心ついた頃から思っている。

よく、時々自分を客観視する瞬間があるだとか、自分を斜め上から見ている感覚だという人もいるけど、僕はちょっと違うかなぁと思ってる。そう言う人たちが味わってる感覚と自分の味わってる感覚は実は同じなのかもしれないけど。

この感覚についてはだいぶ前にこのブログで一回書いたけどもう一回書いてみる。


僕は、物心ついた頃から、色々なことを知覚認識している自分の意識というソフトウェアがこの肉体の中にあって、それが自分自身であるということに対して、言いようのない気持ち悪さというか(吐き気とかそういうのではない)違和感というか、なんとなく変な感じを憶えてしまうことがあった。

その頻度は一日複数回のこともある。一週間以上起こらないことなんて滅多にない。

鏡を見ている時に起きることが多いけど、普通に自転車に乗ってる時ふと発作的に起きることもある。人といる時は比較的発生頻度が低いけど、普通に人と話してる最中にウン?となることもある。

この感覚が起きない時は、この感覚を思い出さないための騙し騙しになんらかの形で成功している時だ

この感覚には出口があるわけがないと考えているので、この感覚の発作(?)が起きたときは、つとめて別の動作を開始するようにしている。

どうなんだろう。実はみんなそうなのかもしれないし、そういう人は少ないのかもしれない。僕だけってことはないと思う。

これが自我に対する過剰な執着と無関係でないと考えている。

今色々考えながらこうやって文字を打ち込んでる主体が、自分が鏡などを見て知ってるいる姿形をした、唯一無二の精神構造を持った“僕”であるという事実に対するどうしようもない不思議さ(?)みたいなもの。。。

ダメだ。。。似たようなことを言い換えてばかりいる。

インターネット時代なので色々調べてきたが、これだ…!という記述を見つけたことはない。

強いて言うなら、、いやこれはマジでマジで見つけたの最近なんだけど

この感覚の的確な“言語化”(言語化という語の通俗性に最近耐えられなくなってきてて、“”をつけてしまう)が自分のライフワークの一つだと考えているフシもある。


さて、この自我観(自分というソフトウェアに対する異常な執着)が僕のタナトフォビアと密接に関連してる、とずっと思ってきた。

これはかなり最近見つけた記事。

コロナで意識…「死の恐怖」どこから? 哲学者たちの言葉から考えた 「そもそも、生まれたことが偶然」(withnews) - Yahoo!ニュース
https://news.yahoo.co.jp/articles/8cefaa83c8063db106df10382f4e3d01be71ad59?page=1

Yahoo!ニュースも良いとこあるやん、と思った。
死への恐怖の説明というカタチで僕の精神性をかなり代弁してくれている気がした。

PS:川上未映子の「わたくし率イン歯ー、または世界」を読了したが、僕のこの意識を小説世界の中でかなり的確に語ってくださっていた上に、その克服?のようなものも描かれていて嬉しかった。


テレビスターが、夢だった。シン〔急の晩期みたいな内容&今後について&虚無との本格的開戦〕

テレビスターが、夢だった。Q〔なぜ突然諦め、そして言おうと思ったのか【完璧主義の放棄】【自意識過剰を自覚】(https://matryoshkaddicted.hatenablog.com/entry/2021/04/29/205335
の続き。

父にもよく、将来何になりたいか、を聞かれては、はぐらかしていた。中2以来ずっと。流石に文理選択とかもあるし将来医者になりたいわけではないとその時点では言ったから。父親との会話ではすぐに会話が脇道に逸れて脇道が本流になったりもするので、深く追及され続けることはなかった。

父親は結構長い期間僕はやりたいことがないと思い込んでたらしい。ある意味で正しかったかもしれない。テレビスターなんて存在しないんだから

2021年3月14日(3/10が東大合格発表4浪決定直後ということ)に父と会い、東大だけを目指し続けることをやめる決意をしたという話をした。
その時、父親にまた夢を聞かれて
少しだけ話せた。
少しだけだけど

僕がある夢を持ってからかなり長い日が経過していて、その間に世界じたいも僕の世界認識も結構変わってて、、みたいなモゴモゴした前置きめいたことを述べた後、

最低限のラインとして何かは言える、と言い、文化的雪かき、と答えた
(いや実際そういった職業の人もいるわけで最低限なんて言うのは失礼だけど)

父親は幸い2020年に村上春樹ダンス・ダンス・ダンスを読んでいたので
(父親はノルウェイの森が発売された頃に同時にダンス×3も読み全く意味がわからなかったという。僕の勧めに従って風の歌を聴け1973年のピンボール羊をめぐる冒険→ダンス×3の順に読んでみたら非常に良かったと言ってきた。だから仮にいやそんな人はいないかもしれないけどこの記事を読んでこの作品に興味を持った人がいてもこの順番で読んで欲しいです)
ダンス×3の作中に出てくる「文化的雪かき」という語がすんなり通じてよかった

(全然関係ない話をしてしまうけど、
ほんとに文章だからギリこんな入り組んだことを説明できるが、喋りだとまず無理だなーーーと思ってしまう。)


父親にその時話せたのはホントこれだけだった。
しかし最近この最低ラインもちょっと厳しいんじゃないかと思っているけど、、

まだでもこれがはずみになって、ちょっとずつテレビスターを将来の目標に設定することを諦めること、そしてそれまでそうだったことを発表することを決意できるようになった。

何者かになりたいとかそんな自分に対して無責任な考えも持ちたくない

「遠視眼的にならない」が今後の人生のキーワードなわけで

ここまで述べた結論がそれかい!という感じなんだけど、

なんにせよ身分が無職はどうしようもない。本当の意味でのサバイバル能力は、無職の状態からやっていける能力なんだろうけど僕にはそんな自信がない。4浪大学生も大概だけどさ、、
本当に高卒ニート4年目では何にも取り組めない。
やっぱりとりあえず大学生になりましょう、
だからどこか四年制大学に入れることを第一目標とする受験勉強を今年はボチボチしましょうという……
普通、どれだけ遅くても18歳で得る気づきを得たわけですなワラワラ


はぁ、、
上手く語れなかった、、
そのことにより、自分のこれまでの人生の否定を自分で自分に突きつけてしまった。そうするべきだったんだろうが。
結局ずっと僕が持ち続けてた未来像が果てしなくゆるふわしたものだったからなんだろうな。


PS

色々考えた結果4浪目も予備校に所属じたいはすることにした
それは3/10以降の自分の生活を踏まえた結果だ
→外出圧力の創出について(https://matryoshkaddicted.hatenablog.com/entry/2021/06/11/184938

勿論21歳予備校通いを父に許されるという大前提があるのは重々了解している。


予備校の授業開始が4/16とかで、、
それまでに既に5月病以下みたいな心理状態になっていた。所謂4月病を3月の段階で完了してしまうのは多浪あるあるだと思う。

初回授業は全部ギリギリか2分遅れみたいな感じになってしまった
はじまってみたら不思議とやる気が出てきた。レベルが丁度良いのと講師陣がかなり良かったからだ。

しかし、
4/20くらいに突然強烈な虚無主義に陥った。

なぜこのタイミング?わからない。機が熟したのだろう。多分。

結局自分がいつか死ぬのが嫌過ぎる。これに尽きる。しかしそんなことを言っても仕方ない。避けられないことなのだから。

僕の中には物心ついた頃から常にタナトフォビアの炎が灯っていた。常に人がいつか死ぬという事実の虚しさも抱えていたということだ。

そんな幻想では小腹すら満たせないけど、
中1までなら離散に行き上手いこと人生をやっていつか世界征服するぞ!、中1以降ならいつかテレビスターになるぞ!みたいな壮大すぎる野望が糖質ゼロ寒天みたいにお腹に詰まってて、
それを急に吐き出してしまったもんだから、
空疎さが耐えがたい感じになっている。

虚無の燈火に油が注がれたとでも言えるかもしれない。

一度このことを意識しすぎると、人の生というものの虚しさのことしか考えられなくなった。

ツァラトゥストラはかく語りきとかを読んだとかではない。逆に読まないといけないと思っている。

人がいつか死ぬ運命にあることについて、どこかでなんとかならんかなぁ…という気持ちが小6の頃はかなり強く 最近まで実は潜在意識下に、実はまさかの死なないとかあるんじゃないか(????)みたいな観念が存在していた可能性がある。

複数の視聴者から紹介された、中島義道の著作などを読んだ方が良い気もする。が何か解決する気もしない。



そもそもこの程度の精神変化を21歳で経験してることが最悪なんだよ…!

今は、人生が無意味だと思いすぎるようになってから日が浅いため、
このことと普通に日常生活もやっていくこととの間に折り合いをつけるというか
欺瞞と実際の調節に慣れていないというか(建前全般を受け入れようと思えたのがまず割と最近)

精神に関しては、
僕は中2くらいから少しずつ
産業革命で言うところの1740年頃みたいな状態になってさ
灘校社会で適合してるフリができるようになりかける一歩手前くらいの状態にはなった。
灘校社会とかいう超寛容空間においてひとまず精神的成長ができたということだ(灘生にありがちな臆病な自尊心 尊大な羞恥心も結構バチバチに奥に秘めていて根底では結局ずっと克服できなかったけど、、!)

とりあえず、今起きてるような精神変化の触媒
となったことたちを受け入れられるような精神性をとても長い期間をかけて形成していった。

なんとなく2浪までに東大入学くらいはこのままの精神構造で受験勉強を続けていれば入れるものだと思ってて。。。

どれだけ遅くても中高生のうちに起こすべき精神の変化の前提が、2021年のはじめくらいにはじめて完成した。
 
もう精神の発達がさ、、晩成型(笑)過ぎるだろ。
・ 


完璧主義は日常の至る所に顔を出してるのを自覚しては潰していってるつもりだけど、やはり根本精神としてなかなかにしぶとい。いつか死ぬから人生は虚しいし何かを頑張るは難しいみたいな0 100思考を自然としてしまう。YouTubeでこの話をしたら選民思想が激しいと言われて鋭い…!なるほどな…!とも思った。
それはそうとして、曖昧なものを騙し騙し認識するのがひどく苦手だ。この世にはそんなことしかないのに。自覚はしてると思う。ただ感情としては持ってしまう。これが虚無主義につながる。

この虚無主義を克服したいと思えない時期が続いた。今も若干は、そう。なぜなら否定しようがないから。それに、虚無じゃなかった頃から、幸せに生きるだとか 精神状態を良くするだとか こういったことに前向きになれなかった。そんなことに何の意味があるのだと思っていた。そういった精神性は継続している。

ただ死にたいとは思っていない。これだけははっきり言える。てか本当にむしろいつか人が死ぬのが厭過ぎるというのが僕にとっての虚無主義の起源だからさ。。。
それって虚無主義失格なんじゃないか?って言われそうだけど、人生の無意味さには苦しんでる。これは自信がある。なんといえば良いんだろう。

いやマジで大学で哲学を本格的に学んでもないのに、浅いこと言い続けるのは恥ずかしいですよ。それで何らかの救いも期待できないし、何よりも理解できる自信もないから、しないけど。


死なない以上生きていかないといけない。むしろタナトフォビアは強まってるまであるわけだから、

何度も言うが、希死念慮がゼロなのだ。
いくら虚無と言っても、死にたいと言う気持ちと一切共存していない虚無。

だからこそ
単に「不快」を減らすために…!「快」を増やすためにこの資本主義社会において成り上がること。これは大事だと考えている

ほっといたら僕はあと60年以上生きるだろう。これは全祖父母がまだ死んでおらず、その中で一番若い人が1945年生まれであるという遺伝子が示す結果からも確かだ。

人生が無意味であることを意識せずにいるだのライフハックを得るのもいつかは検討していかないといけない。いやまだその段階までいけてないけどさ、、

あと、、
即座に満たせないhangerをごまかして日々は生きていかないと人生が辛すぎるので、
多少の小腹満たしで騙し騙しもアリなのかも知れない。
これは以前に否定した漫然とした小腹満たしとは由来が異なるから良いと思う。目的意識を持った小腹満たし。


oh baby ,wait and see
たまには小腹も良いよね♪



大森靖子も言っているように

終わってからが人生

なのだ

大事なのは徹底的に絶望することだ。これは2021年の3月13日に僕が尊敬している高校の同級生に電話で言われた言葉だ。その中で見出せる救いの萌芽のようなものを生み出せると僕は思っている。


【人生をやっていくためのインセンティブについて】

僕は物心ついた時から近代人的でありたいと自然と思っていた。自分が近代的だと思い込んでいたことを過度に正義だと思い込んできた。合理主義を拡大解釈してきた。

たとえば常に科学的(笑笑笑笑)ではないものを否定してきた。科学的ってなんなんだということだけど。
たとえば、とにかく論理的(笑笑笑笑)でありたい。科学や論理の限界を了解しつつも、将来的にすら人類が到達できないであろう領域にすらそういったものへの期待を適用させ続けてきたりするなどの極端さがあった。わからないことはそれ以上想像を広げるべきじゃないみたいな考えすらあった。

しかし最近それらが「誤り」とまでは言わないものの、少なくとも人生をやっていく上での足枷でしかないことに多少は自覚的にはなった。

感情と本能は分けて僕は語りたい時もあるけどここではまとめて、、、(基本的には思考上の意識→感情、の段階を踏んで様々なものは本能レベルに落とし込めると考えている。)

感情や本能を導火線として(いや、多少はこの社会で生きていく以上それらに赴くままに動いた場合の自分が不快感を憶えるような悪影響に関して遠視眼的に思案こそするが)今までよりかは「動物として」生きていこうと考えるようになった。

悪影響について遠視眼的に考えるのも別に知恵を持つ生物としての人間たる本能のようなものだとも言えるし、、
あぁ…こういう感じの議論を始めるとすべてが堂々巡りになったりするから始めないでおこう。

本能に従うことを優先することにより、虚無主義を忘れられる瞬間を積み重ねていきたい。

まぁ兎に角、本能だとか感情だとかに素直になろうと

感情に起因する思わず人生をやっていかないといけない!という動機。それは好奇心だ。僕は、これが、幼い頃からものすごく強い。

それは日常レベルでもそうなんだけど

いや、禁じ手にしている遠視眼的なことを敢えて言う

技術的特異点信仰というのも僕にはあって。僕が普通に生きているうちに技術的特異点なるものをこの世は迎える可能性があるらしいので、、。流石にそれは気になる…!

まずそれを迎えるにあたって、それを迎えるのに相応しい自分になっておきたいし、、

技術的特異点を迎えれば、色々なものに対して真の絶望が得られるのではないか、という希望がある、というのもある。本当の意味で機械的にしか生きられない人間、みたいな。


あとは感情に基づくものといえば共感とか利他性とか良心とか、、、これは僕と正反対である希死念慮が強い人が死なない理由(親しい人を悲しませたくない、みたいな)としてあげる場合が多いけど。

人類なんて、

虚無のブロックチェーンって思ってしまったりもするけど、

その繋がりだけが人を生かしてる

人は利他性や良心、これで生きていけるのではないかと。当たり前すぎるよな。当たり前すぎることを敢えて主張してるよ。

(少し虚無主義から話が離れます)

自分の中にある良心だとか利他性みたいな感情。ずっと正当化するのが難しかった。

こんなもので(こんなものでと言ってしまうのも失礼だけど)救われるのはなんなんだという感じだけど、ふらっと寄った本屋でなんとなく立ち読みした中野信子さんのあなたの脳のしつけ方という本にこれらは脳科学的にも脳にそういうのを司る部位はあり、イエス・キリストなどの利他性における偉人はそれらが極端に強かった人なのでは?などと書かれていて、その記述が僕の中での正当化に大いに寄与した。結局科学には救われる部分は多分にある。





4/20以降日々を送っていて

いや別に元々人生の虚しさとか知ってたし、一時期的に強くなってただけだから、必要以上に人がいつか死ぬこと関して考えすぎず、少しずつごまかせる時間は長くなってきている。元の水準に回帰しつつあるというか


共通テスト英数の点数を最大化することが資本主義社会における自分の立ち位置を考えた場合の最良の目標と考えた場合、
当面の間は東京都立大の都市環境学都市政策科学科を志望するべきだという結論に至った。

マーク試験のための勉強なんて虚しすぎるとは思う。
大学受験なんて所詮点取ゲーム全国バトルでそれ以外にデカい魅力を感じてしまってる時点で受験に向いてないんだけど、


これは完全に後付けだけど、

僕は明確に本能レベルで歴史が好きで、
インターネットの歴史クラスタとかは寒いと思うけど、自分は歴史全般が好きだ大好きだ一番好きなことは歴史だ、ということに対して確たる矜持を持ってきた人生だった。

そのきっかけは、確実には小1の時の担任が毎日のように授業中にしてた歴史の話で、
一番印象に残っているのは、小林一三阪急電鉄を軸とした都市開発の話だ
(僕は幼少期に知的好奇心を発生させるための軸が歴史であることはかなり良いと考えている。歴史上の偉人、というのはあらゆる分野にまたがるからだ。ヘルツが36?とかで死んだというのを見て敗血病怖っとなったし、そうでなくてもアインシュタインハッブルやウェゲナー(何この人選)から宇宙や地質に興味を持った。人文学に偏らない興味の原体験を持てると思う。性知識だって当時コンビニで売られてる歴史関連本を片っ端から立ち読みしてる中で読んだ戦国武将性豪列伝で基本的には得た。

十分な志望理由だと

僕は思う。


俺が父親の扶養のおかげで一浪時から住み続けている新宿という街は日本一乗降者数が多い街だ。


しかし、乗り換えにおける絶対的な立ち位置というだけでそこで何かを楽しむという感じの街ではないらしい。

Covid-19下において発生したガード下のホームレスのシュノイキスモスを見ただけで、、

都庁を中心とした超高層ビル群の“日本の中枢感”と村上龍コインロッカー・ベイビーズで描かれてるような場末感の共存はさらに拡大していくように思われた。日本が変に治安が良くて異常なだけで、大都市”ってそういうものだと思うが。。。。。。。。

しかしながら、

最近「新宿の逆襲」という都市計画の世界的権威(???)が書いたという最近発売された新書を新宿の紀伊國屋でちょっと立ち読みしただけで思わず購入してしまった。

それを受けて、、、

たとえば、最近新宿ではあちこちで工事が行われている。東口と西口の連絡通路が開通したという事実は、かなりのプレゼンスを持つ出来事だと思う。それまで東口改札から西口改札へとラクに通り抜けるために140円支払わなければならなかった、、

新宿駅はかなり高度に発達した“ダンジョン”だけど雨の日に濡れずに目的地に到達するのは難しい。たとえ“駅から徒歩5分”であっても

さらに新宿駅の多くの出口はエレベーターすら存在していない。多汗症の僕としては、真夏の日々に階段を登ることで滴り落ちる体力の汗により、瞬間的に大都市感の否定を発生させざるを得なかった。

再開発(??)ブーム(??)となっている新宿の都市計画(??)に期待するのは自然な流れだろう。

はちゃめちゃに光ってる夏の海になるために、
おりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃって生きていくぞってほどではまだないけど

ひとまず
騙し騙しながら、

騙し騙しと了解しつつも
人生をやっていこうという気持ちにはなりました。

PSPS

その1
茶髪は脱力、と語られてる宮台真司の「終わりなき日常を生きろ」を読んでいます。遂に、という感じがします。でも、こんなブログを書いてるような精神性の時に読んでよかったと思う。幼い頃から恐れてきた終わりなき日常そのものを克服するのではなく、その中で生き抜くための方法を知ろうという感じになってきているから。

終わりなき日常というか、僕の場合、日常がまだ始まってもいないけど…!

髪を青に染めながら読みました。生まれて初めて髪が黒でない色になった。この時代、茶色では終わりなき日常に対するガス抜きたり得ないだろ。むしろ終わりなき日常に染まるまである。
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終わりなき日常を克服するために髪を染めよう。これは流石に安直すぎる。
染髪は終わりなき日常への対処法を確立してるような精神性の人間の象徴にすぎない。染髪は終わりなき日常に対する単なる武器のうちの一つでしかない。
むしろ、奇抜な髪色になれるような精神性に自分がなれたことを喜びたい。

近代はいつかは終焉するだろう。そんないつくるかわからない「終末」に期待してる部分もあった。しかし、それは終わりなき日常からの現実逃避でしかない。

PSPSPS
とにかく性格とまではいかないが価値観程度なら、日々の思考の意識によって変わるということが分かったのが良かった。それでもまだ僕は予備校に通ってるわけでちっぽけな意識変革かもしれないけど。とにかく価値観の変革という成功?体験を積み重ねて、そのうち死への恐怖も克服できるような精神性になれるのでは…?という一縷の望みがある。