因果なことに才能がない 1/30〜2/5

死に場所を 探す受験 戦争の
敗残兵の 遺書だと思え(希死念慮はまっったくないので安心してください!!!)

また長々長々長々を書いてしまった。とても恥ずかしいことだと思ってる。メモ帳に日記として眠らせて終わるか迷った。なんなんだろう僕という生命体は。どういう精神性なんだ。

1/30土
朝ランしてないし出だしがよくない。眠くはないが頭の動きが微妙。18:20くらいに一番脳が冴えてきて最悪だった。

生kill the timeを。なまきる?せいきる?うーん、ってずっと悩んでたんやけど、鉄緑の古文集成のなんかの活用の例に「生キル」とあり、ようやく「いきる、やん…!」って気づいた。こういう系の頭の悪さは受験勉強とか関係なく生きていく上で大いなる障壁になるし、受験勉強においてもかなりのマイナスだ。

1/31 日
父と会う日だった。6時くらいに起きはしたけど寝起きが悪すぎた。寝起きが悪いと動作が緩慢になる。


2/1 月
前日は23時までに寝たのに8:30まで二度寝を続けてしまい厭だった。今年の東大入試の英語の開示が38点だという夢を見た。36だったかもしれない。マジでどうでもいい差だな。
ひどい一日になった。

2/2火
最近寝起きが終わってるし走れてすらいない。

ウエルシアで酸っぱい酵素ドリンクを買った。健康増進効果を期待してとかでは無い。そんなことはどうでも良い。ニセ科学的なのかもしれないし、そうでないのかもしれない。どっちでも良い。プラシーボ効果を期待してるのだ。カラダに良いものを摂取してる感。この、感、を得ることが主眼だ。だからわざわざ液体にした。葛根湯も液体で飲むのと同じ理由だ。葛根湯は効果があるだろうが確実に。でも粉でも良いだろう。色々味があったが、一番好きな味である桃味ではなくザクロ味を選択したのもそういうとこだ。酸っぱい方が飲んでる感があるからだ。

2/3水
はぁ、、10時に起きた。何も悪いことしとらんのに。過眠期がきてる。こんな時間に起きたら走ろうともならんし。

2/4 木
東大直前プレ1日目

人生の救いだった電熱ベストがクルマのシートみたいな臭いがするようになり、困っている。

6:20とかに起き上がれてそれ自体は良かったが眠すぎる。
やっぱり僕ロングスリーパーだなと思って辛くなった。知ってたけど。改めて。6月とか調子乗って毎日平均睡眠時間6時間強とかで。いや現代人としては普通とかやけど。あの時は調子乗ってた。普通に僕はロングスリーパー。それでも5時半頃に起きたらテンション上がるし、普通に朝から活動するとしてその前に走るなら5時半頃起きは不可欠だから悩ましい。朝ランを欠くことができない体質になってしまった。一方脳の最大出力や1日の精神衛生を考えると8時間くらい睡眠時間としてみたいわけで。するとえぇ…。21:30に寝んとアカン。小学生でも大概やで。6年連続学級委員長とか。だいたいな。ワイはどちらかというと夜更かしが好きなんじゃ。人生うまくいかんな。今は受験生だから夜更かしを絶対悪にできるけど。将来は人生を夜更かし期と朝方期に分けて送りたいな。おぉん。ふぃー。。大学に通ってすらいないのに、その後の生活リズムに対してすら憂鬱に既になっててどうしようもない。

昼2時間あったからつけ麺TETSUに行った。全部良かったが極チャーシュー丼がかなり良かった。

2/5金
東大直前プレ2日

最悪なことに23時に就床したのに8:30まで二度寝を続けた。当然朝走れず。30分も幅があるスリープマイスターのモードを復活させよう。

正直な話をすると、毎朝、うっせぇわ、で目覚めてる。完全に流行り出す前にユニカビジョンで流れてるのが耳に入った時に好きだと思って調べたから普通に好きなんだと思う。曲名は好きじゃない。まず、うっせぇわって人生で言ったことない。僕が使う語彙ではない。でも僕はこういうメロディ好きだし、adoさんのボーカル好きだし、日々愚かさとは正しさとは何か見せつけたいと思ってるし、冒頭をギザギザハートの子守唄と交互に歌うのにハマってるし、ロスジェネ世代の若者を一般化した文章を読んだ時にまさに僕だ…!と思ったことがありその感覚はまさにビンゴという感じで絶対現代の代弁者は私やろがいという気持ちがあるし、だいたい中学受験を経験した上に厨二病をこじらせた心の中に大イキリを飼ってる人間に刺さる歌詞だろ。歌うとスカッとする。あと、あなたが思うより健康ですって歯切れが良すぎる。まぁそんな僕は無職なんですけどね。


2ヶ月とかのスパンで考え方が劇的に変化してしまうことについて悩んでいる。怖い。高校生とかの頃はもっと長いスパンで起きてたような変化に関してだからだ。しかも人生の指針となるような考え方だ。中1からこういう変化を何度も経験してきたように思うけど、前の方が良かったと思ったことが一度もない。


人生で一度だけガリ勉と呼ばれたことがある。小4の時だった。言われた相手が誰だったかも覚えてる。文脈は覚えていない。とても嫌だった。その時はまだ不仲でなかった母親に学校でガリ勉と言われたと言った。それは褒め言葉だと言われた。違うと思った。文脈は覚えてないがdisられてたのは確かだったし、そもそもガリ勉と呼ばれたら嫌だなと思ってた。こういう思想は人生に通底してきた。それでも試験の成績は優秀であるべきであるとも思ってた。そんな人間は当然タイムラプス勉強法を恥じるだろう。

因果なことに才能がない。
1年間の総復習をやってる。つまり1年間何をこなしてきたかを確認しているわけだ。この一年、ダメ過ぎる部分も多分にあったけど、勤勉さも確実にどこかしら存在していたなぁという気持ちになった。その勤勉さは中途半端なものであるため閾値に達してないという側面もあるとは思うが、それにしても少なくとも受験勉強に関しては因果なことに才能がないなぁと思った。
因果なことに才能がある、で検索してみてください。因果なことに、というのは不運なことにという意味。この表現は、逆説的でありながら当を得ている点が見事。一方で、因果なことに才能がない、のは普通なんだよ。表現としても状況としても凡庸。この二重の凡庸さが逆に趣深いなって思ってさ。



ぬぉぉぉぉまた長々と日誌を書いてしまった。。。。。厭すぎる。

追記1(2/3)
18:30にタイムラプスを切った。その日にする受験勉強を終了したという意味だ。お腹が空いた。今日は京王からJRに至る地下街にあるつけ麺TETSUに行くつもりだった。昨日断念したからだ。スクリーンタイム解禁時間的にそれまでに入浴するためには19:40までに帰宅する必要があるが、向かいながら地下街に降りる前に時計を見たら19:00で引き返した。

だから今日は18:30に切った。
2/4と2/5は東大直前プレとかいうやつ。つまり翌日とその次。その受験番号とか確認しとこうと思いメールボックスを見る。無い。困った。直前講習扱いで講習一覧とかに書いてあるのかも。直前にメールが来ると思いその紙は捨ててしまった気がする。それでもしばらく探してて時間を浪費。結局諦めて河合塾に聞きに行くことにした。時間がないのに。

本番想定なので自習室からクッションと膝掛けを持ち帰る。最近ブラン系の軽食とかでつなぐ習慣ができてて複数個それらを持ち歩いてる。自習室の足元は冷たいし置きっぱでも良いが、二日連続で自習室に来ない可能性もあるし一応回収。それらを詰め込むとトートバックがパンパンになった。これでとても辛くなった。やはり受験生はリュックで生活するべきなんだろうな。ただ、なんにせよ荷物が多い。異常に多い。自分の荷物が多いという事実に対してかなり憂鬱になる。なんか改まって今日はお出かけ!とかになると、色々諦めて意識的に荷物を減らせるのだけれど。普段においてそれが全くできない。トートバッグの類は必ず持ち歩きたいので、リュックを背負ったら背負ったで荷物の個数が3つになりそれはそれで厭な気持ちになる。冬だから室内では上着を脱ぐし実質4つ。救いようがない。
この荷物の多さが後で最悪なことを起こす。

河合塾で受験番号などの情報を得る。しばらく待ってて上着を脱ぐのもアレだったから額に汗をかいた。嫌な気持ちになった。

お風呂マジックリンを切らしてたのを思い出してウエルシアに寄る。湯垢皮脂を落とす!みたいなやつと、ピンク汚れ 黒カビも!防ぐ!みたいなやつが並んでて、“も”防ぐ、というのは湯垢とかも落とす効能は前提としてることを示唆してるのかどうか悩む。時間を浪費。結局20円ほど高いから全部兼ねてくれると信じて“も”防ぐ方にした。

そんな中で自転車で信号を二つ渡り地下街の前に自転車止める。これが地上店舗型外食店との最大の差だよな。

つけ麺TETSU 、3人くらい並んでる。これは大いなる誤算。こういうのを想定できなかったことに僕の人生に通底するダメさがある。
かなり厭だった。19:30ラストオーダーになってるらしい。それが原因だと思ってしまう。
3秒だけ並んで、やっぱり時間的に並ぶ勇気がない…!、となり、離れて、だれにも聞こえないように、だれのためにもならないささやかな舌打ちをした。人はこうやって反体制に目覚めていくんだなぁ、と思った。小池百合子のせいにしてしまう。都庁への投石活動に身を投じてしまう。リーダーって大変だな。なんでも自分のせいにされてしまう。

こういう時非常に精神的に追い詰めらてカリカリしてしまう。みんなそうなんだろうか。空腹というのはかなりデカい。空腹かつ時間的余裕がないと一気にこうなってしまう。

ラーメン屋帰りにそもそも行こうと思ってた花屋に寄る。今、受験も近いし小説を読み急がないように、一度読んだ本の再読をしようとコインロッカー・ベイビーズをチマチマ読んでいる。とても素敵だ。今の楽しみはマジでこれ。ずっと終わってほしくない。多分すぐ三周目に入ってしまう。冒頭でゼラニウムが出てくる。この作品で植物といえばブーゲンビリアだろうが、なぜか僕はゼラニウムに惹かれた。家に植物があれば少しは生活の中に心の豊かさが生まれるかもと期待してる部分もなくはなくて、ゼラニウム置いてたりしないかなぁ〜?みたいな。そういうノリ。よく考えると、コインロッカー・ベイビーズゼラニウムが出てくるのは熱中症で死者が出るほど暑い真夏だ。しかしその花屋には温室っぽいコーナーもあったし。いやでも頭がおかしかった。まぁ、ともかく今日は冷やかしに花屋に行くつもりだった。時間がないと思ってたはずだけど。地下には降りてしまったし折角、5分もかからないだろう、という気持ちが大きかった。しばらく果樹園感覚で眺めていた。果樹園というか植物園か。それはともかくとして、無論ゼラニウムはなかった。

そんな果樹園感覚で眺めてた時、パリンッとかなりデカい音が鳴った。うん?と思って下に目をやると、僕の足元で割れて粉々になったガラスの花瓶が落ちている。店員がすぐに駆け寄ってくる。咄嗟に弁償しないと!と思い、小声で、ごめんなさい…!いくらですか?とか言ってしまう。僕の中にあるそこはかとない矮小さが滲み出ていた。店員さんは、お怪我はないですか?お怪我がないのであればそれで良かったです!とか言ってくださる。

ひやかしに来た花屋で花瓶を割ってしまう浪人生マジで限界過ぎる。この世で最も下層だろう。社会に損害しか与えてない。マジで情けない気持ちになった。デカい荷物が花瓶に当たったのだ。普段よりデカイ荷物の物理的な影響域の認知が甘かった。

ガラス片に触らないように言われ、店員さんが箒とちりとりで足元の花瓶片を掃除してくださってる間、その場を離れるなんてできるわけがないので申し訳なさそう突っ立っていると、近くの交番からポリスがきた。西口地下の交番だ。大きな音がしたので、とか言われた。事件性があると思われたのだろう。

コンビニで適当に買ったものを夕食にしようかと思ってたけど、時間が割とどうでも良くなってきて、あと精神の回復のために帰り道で天一に行った。そろそろスタンプが溜まって二つ目のミニどんぶりが獲得できてしまう。天一では白い服に黒烏龍茶をこぼした。

すべてがいわゆる自業自得で同情の余地がなく救いようがない。

天一で注文を終えてから時計を見ると19:30だった。帰宅は20:00直前。耐えたし、さらに平穏は割と戻っていた。

まぁでも何が言いたいかというと
天一しか勝たん結局美味いもん食ってる時が一番幸せ卍ばくゎら、なんですよね。

てかこれ書いてる時間が一番無駄なことに気づけよ。気づいてるんだけどな。
まぁ、実はそういう問題ではなく、ラプス切ってから帰宅までに用意してる時間内での立ち振る舞いが問題なんだよな個人的には。

追記2(1/31)

父と会って三つくらい印象に残ったこと。

一つ目
父は周りの人に父自身の浪人自体よりずっとまともに僕は浪人生活を送ってると吹聴していると言っていた。そしてそれは割と本心らしい。深刻な誤解が生じてる可能性がある。

二つ目
僕「(試験中頭が真っ白になって焦る例を話す)
父は心臓に毛が生えている印象があるが、父はどうやった?」
父「逆に、6浪時通った時以外の6回は全部それやった」

三つ目
父は6回大学受験に失敗してるが、6回とも出た問題の運が悪かったという側面は否定できないと考えているらしい。


2/1 追記 
これは読まなくて良いです。。

ここでも多分何度か書いてるが、僕は小学校の頃給食の時間が憂鬱だった。嫌いな野菜が多く、完食教育に苦しめられたのだ。嫌いな食べ物を無くすための完食教育で全く嫌いな食べ物は減らなかった。むしろ増えたと言える。厳格な小学校だったので、食べ終わるまで周りが5時間目の授業を受けていようとも次の動作に移ることはできず、頼みの綱は300ミリリットルの(のちにちっちゃい紙パックになりさらに減った)牛乳のみ。ガラス瓶時代から、ウォータークーラーに水を入れに行くとかも許されていなかった。
僕が食べ物の苦手克服をすすめていったきっかけは、すべて一人で外食したことだった。

2/1昼、衝動的に天ぷら屋に入った。自習室の近くで前々から気にっていた店だ。衝動的に入ってしまった時点でやっぱり出るという選択肢は消滅してしまう。俺はそういう弱さを持つ。ランチメニューは3択しかない。天丼にした。不安だった。海老天2つ、魚の天ぷら1つ、野菜4種と書いてた。僕は嫌いな野菜がとても多い。下手したら野菜この4つ全滅かもしれない。それでも天丼の選択は合理的思考の結果と言えた。その3択の中なら。自分にとって。
天丼を頼む時、この野菜の具体的な内容を聞かなかった。聞いて苦手なら抜いてもらうよう頼んでしまう。全滅の場合3/7になってしまうからだ。それは流石に頭がおかしい奴だと思われてしまう。そんなことを気にしてるのか?気にしているのだ。ラーメン屋で入ってる野菜を聞いて、ネギを抜くのとはわけが違う。きたら頑張って食べようと思っている。300ミリリットルの牛乳以外に頼みの綱がない小学校の給食とはワケが違う。それに水分を使って丸呑みするみたいな下品なハックでしか闘えないような自分ではもうない。
野菜4種の内容は、サツマイモ、紅生姜 玉ねぎ、茄子だった。プラマイ100段階で言うと好き嫌い度は順番に+98 /−35 /−90 /−98といったところだ。つまりかなり厳しい。でも、味覚の感受度を2割に下げようと試みたりして、果たして、食べ切ることができた。熱いお茶しかなかったのでかなり発汗してしまった。
この時、最悪なことを思ってしまう。自分は割と頑張って食べてるなと思った。しかし、はたからみたら普通のことを普通にしている。このGAPというか、なんというかに、とてもつらくなった。たとえば、勉強してる時とかも思う。低学力から中学力にあげるのってかなり努力がいるが、中学力でオォとはならない。そんなに人にすごいと思われることを重視してるのかと言われたら、そうなんだよ。それが僕の問題点でもあるのだけど。食べ物が苦手より勉強の方が見かけの後天性が高く、このアナロジーが適切かはわからんが似た感情になった。圧倒的高学力になって初めて意味をなすみたいな。いや、低いレベルであることにより、圧倒的な不利益を被るようなことを改善できたならそれはとても慶賀にたえないことで、まずそれを喜ぶべきなのにそれができない。

夜、コンビニで氷結のあまおうを衝動的に買って飲む。口当たりが良い。美味しい!となる。ふと糖質を見てしまう。100ミリリットルあたり7.1。いくらなんでも多過ぎる。思わず捨ててしまった。昼天丼を食べた奴の思考とは思えないが、清涼飲料水を飲みたくないのと似てる。わかっていながらそれだけ糖質が含まれてるものをグビグビ飲めない精神性なんだ。あとストロングゼロのレモンスカッシュを飲む。ストゼロだし大丈夫だろうと思いつつもこの口当たりの良さ、不安になる。でも糖質を見なかった。昼の天ぷら屋で野菜の内容を聞かなかったのと似ている。飲み干してから見たら糖質が普通のストゼロと変わらず結果オーライ。

これを書くのに2/3の11:50〜12:17までかかってるのマジで頭が悪いし人生の送り方を考え直した方が良い。一回うっかり消してしまってさ。。。