一匹の魚

2020年5/22 19時頃、出走。1.1キロを9周の予定だ。外は暗くなろうとしていた。雨が今にも降り出しそうだった。
前日も10キロ走ったこともあり、ガンガンはいけない。走ろうと一歩踏み出すたびに乳酸の塊のようなものを感じて4割の力しか出せない感じの筋肉痛がアップの頃からあった。なるほど。これなら脂肪燃焼に適したスピードにセーブして、また、あんまりスピードを出さないから長いこと走れるわけだ。だから10キロ毎日走ることはダイエットに良いわけだ。

しかし、そう思っていたのも束の間。極度の飢餓を感じた。血糖値が下がりすぎる感じの。まだ3周もしていないというのに。幸い右ポケットに水の入ったペットボトルを入れていた。これを飲んでごまかす。ちなみに左ポケットにはiPod classicだ(使いづらいが愛着があった)

本当に耐えがたい飢餓感だった。空腹感などとは次元が違う。今が糖消費モードの終点であり、脂肪消費モードになったら楽になるのだと信じてみる。だから、しばらく我慢して走ろうと自分に言い聞かせる。とにかく最初に10キロ走ると決めたのだから、それを成し遂げないと、とても嫌な気持ちになるだろうから。

急に焼肉ライクに行きたくてたまらなくなった。しかも白米と一緒に焼肉を食べたい。糖質制限をしているというのに。焼肉ライクで白米と一緒に焼肉を食べることで得られる栄養素が明らかに欠乏しているのだろう。特に今日はそもそも走るつもりはなく一日少食を貫いたのだから。
思えば一番痩せてた頃も走ってただけで、朝に白米などの糖質は摂っていた。糖質制限より毎日10キロ走ることを重視していこう。

すっかり暗くなった道。霧雨が街頭に照らされてまるで光の粒みたいだった。全身を汗と雨が覆っていた。

全身の感覚が麻痺してなくなってるようだった。肺だとか足のキツさを感じてる余裕すらない。とにかく飢餓感との闘いに全神経を集中させるしかなかった。既に両ポケットの重さを忘れていた。もう自分が人間であることすら忘れていたのかもしれない。ただ10キロ完走を目指す生物と化していた。

帰ってジャージを洗濯機に放り込み、自分の体を見る。乳首にバンドエイドが貼ってあった。昨日走った後乳首が擦れて痛かったから貼ったのだ。そのまま貼りっぱなしで走ってたのだ。貼りっぱなしで良かった。そして、走ってる最中、自分が乳首にバンドエイドを貼っていることを全く気づいていなかった。鏡にうつる自分の半裸を見て初めてその存在を思い出した。バンドエイドは僕の皮膚に感覚的には完全に同化していた。霧雨の中、人間であることを忘れて泳いでいた、魚の体の鱗として、、、